天井嘗(てんじょうなめ)

妖怪独話 天井嘗(てんじょうなめ)

「随分と味が無くなってしまったなぁ。」
がらんとした子供部屋。
天井嘗はごろり畳に横たわり、べろべろりと天を舐め回す。
部屋主であった小太郎が去って以来、
薄まっていく天井の味に物悲しさを感じていた。

天井嘗は一体何をなめているのか?
それは、天井にこびりついた生活者たちの残り香だ。
では、食事を扱う台所が一番うまいか、と言われれば、
そうではないらしい。

天井嘗曰く
「幸せに生きた人の天井ほど濃く深い味わい。」
だそうなのだ。

名残惜しみつつ、最後のひと舐め。口に含み転がしながらゆっくり目を閉じる。
微かな味わいから蘇るのは、小太郎が産まれて初めて
子供部屋に寝かしつけられた記憶。
彼の将来を願い笑顔であやす、父母。
無邪気に笑う小太郎。
立派に親元を離れたその青年を思い浮かべ、
感慨深く涙を流す天井嘗であった。

妖怪解説

長い舌で、天井をなめる妖怪。
江戸後期の浮世絵画家、鳥山 石燕の『百器徒然袋』が原典と言われる。
天井のしみは、この妖怪の仕業である。
この物の怪が作り出したしみは、恐ろしい人面や獣として見える事があり、
見たものが発狂し、死に至る場合もあるそうだ。

彼と似た「いそがし」という妖怪がいる。
衣服をまとい、さぞ忙しい風体で現れ、取りつかれると落ち着きがなくなるという。
天井なめと同一であると言う者もあり、もしそうであるならば、天井なめは、

昼は「いそがし」
夜は「天井なめ」

とダブルワークをしていることになる。

妖怪業界も現代社会のごとく、一つの稼ぎだけでは食っていけない世知辛い世界なのかもしれない。

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